探査機「はやぶさ」と小惑星「イトカワ」
世界初の小惑星サンプルリターンのミッションを遂行中の探査機「はやぶさ」。
打ち上げから、太陽フレア、燃料漏れ、通信断絶、エンジン停止などなど、、、
何度も絶対絶命のピンチを迎えつつも、そのたびミラクルな復活劇をみせています。
運用スタッフの備えと対応には本当に頭が下がるばかり。
その「はやぶさ」についてなかなか興味深いテキストを発見。
誤字もあるけど、とりあえずそのまま載っけておきます。
■ お前ら 小惑星「イトカワ」を目指したハヤブサの名前が意味する物が解るか?
お前ら 小惑星「イトカワ」を目指したハヤブサの名前が意味する物が解るか?小惑星イトカワとは日本の宇宙開発の父である糸川英夫から来ている
彼は戦後の貧相な開発環境の中でロケット開発全精力を傾け、宇宙開発
理解の無かった国家や企業を必死で口説き落として、やっとこさ開発の
援助の約束を取り付けた、決して十分とは言えない予算で七転八倒しながら
時には旧社会党の左翼連中からの妨害に会いながら、
苦難の末、日本初の人工衛星打ち上げまでこぎつけた、それも世界で4番目に
打ち上げたんだぞ、純民生技術のみでな。彼は戦前、航空機の技術者だった、彼の携わった一番代表作こそ、戦闘機「隼」だ
この隼は当時、国民の間で圧倒的人気のあった航空機であり、まさに日本を代表
する航空機であり、これから日本の航空技術の飛躍を感じさせるものだった。しかし敗戦と占領政策による航空機開発の禁止によって日本の空の技術は
壊滅的打撃を受けた、多くの航空機技術者達は空への夢を捨てざる終えず。
ある者は新幹線をある者は自動車開発へと向かって行った。しかし最後まで
糸川は空への夢を捨てずロケットと衛星に自らの思いを託し、日本宇宙技術の
基礎を固めた。敗戦の時、自分たちが作り出した航空機の多くが焼かれ壊され
破棄され、技術開発禁止され技術者の多くは涙し絶望した、しかしそこから立ち
あがり、日本の空の技術の復権と発展を掛けた、技術者達の血と涙、執念、夢
と努力の歴史とその結晶を背負って、半世紀以上の時を経て、もう一度「隼」は
「糸川」に出会ったんだよ、宇宙(そら)で1945年、多くの特攻機が空に舞っていた、その中に多く名機「隼」の姿があった
多くの特攻機、そして隼が敵艦の前で多くの悲しみと共に燃え尽きていった、
あの夏、敗戦の時、多くの人々が涙した、技術者も涙した。あれから65年後、2010年6月、ハヤブサは地球の空で燃え尽きる、もしそれを
目にして涙する者があったとしても、あの夏に流れた涙とは、違う。
。・゚・(ノД`)・゚・。 ええ話や。。。
実は「イトカワ」に向かうから「はやぶさ」になったわけではないんですけどね。
「はやぶさ」の打ち上げ前、準備や計算上の問題で、目的地の小惑星が二転三転します。
そして最終目的地が決定して打ち上げ成功の後、小惑星に「イトカワ」の名が振られました。
これは日本側が小惑星の発見元である研究所に命名の依頼をしたことから実現しました。
つまり「はやぶさ」が向かうことになったから「イトカワ」にしてもらった、という流れ。
その因縁は上に紹介したテキストの通りなわけですが、提案した人はグッジョブです!
宇宙を舞台に「イトカワ」と「はやぶさ」をランデブーさせよう!なんて粋にもほどがあります。
あとは地球へ戻ってくるわけですが、、、最近のエンジントラブルを含め、まだまだ予断は許されない状態。
■ はやぶさ、地球帰還へ 停止エンジン2基をつなげて推進力獲得 - ITmedia News
2010年6月、地球帰還を目指して奮闘中の「はやぶさ」。
たとえ戻ってきたとしても大気圏で燃え尽きてしまう運命。
それでも最期を見送るならば、そのシチュエーションであってほしいものです。















